カポエイラの歌

Parana ê

On 2010 年 10 月 24 日, in カポエイラの歌
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Vou dizer minha mulher, Paraná
Capoeira que venceu, Paraná

Coro:Parana ê, Parana ê, Paraná

Ela quis bateu pé firme, Paraná
Isso não aconteceu, Paraná

Coro

ô Parana ê, Paraná, Paraná
Paranau ê, Paraná

Coro

é de vera que o morro, Paraná
se mudou para a cidade, Paraná

Coro

Tem batuque todo dia, Paraná
mulata de qualidade, Paraná

Coro

[直訳]
1. 私は妻に話すつもりだ、パラナ
2. カポエイラは勝ったと、パラナ

3. 彼女は激しく踏みつけたかったが、パラナ
4. それは実現しなかった、パラナ

パラナ エ、パラナ、パラナ、パラナ エ、パラナ

5. それらが見られるあの丘で、パラナ
6. もし、町に行ったのなら、パラナ

7. バトゥーキは毎日ある、パラナ
8. 美しい黒人女性もいる、パラナ

[意味]
1. パラナ=パラグアイとブラジルの国境を流れる川。この河を越えてパラグアイ戦争が行われた
2. カポエイラのおかげで、戦いに勝った
3. 彼女=戦争。パラグアイは戦争でブラジルを打ち負かしたかったが
4. パラグアイはブラジルに戦争で負けた
5. それら=後述のバトゥーキや美しい黒人女性を指していると思われる
6. 故郷の町にに戻る事が出来たら
7. バトゥーキという遊びや
8. 美しい女性もいる

[歌の背景]
1864年11月24日に開戦したパラグアイに対するブラジル(及びアルゼンチン、イギリス)間の戦争で、前線での自軍の損害を回避したいブラジルの白人支配者層は、生還した際の身分開放と引き換えに徴兵した黒人奴隷を最前線で活用した。

当時、特に最前線で戦火にさらされる貧しい層の兵士では、まだ銃火器での戦闘より肉体を使った格闘の方により重要度が高かったため、カポエイラが非常に活躍したとされる。

この戦争において人口の大半が死傷したパラグアイに対して、カポエイラのおかげで生きて帰郷することができた黒人奴隷は、ブラジル白人支配者層の予想を大きく上回った数であったという。

パラグアイ軍の兵士
パラグアイ戦争でのパラグアイ兵は、武器も持たずに戦争に参加させられる場合も多かった中、彼は幸運にも銃を割り当てられた
パラグアイ戦争地図
緑色で記されたパラグアイの右側にパラナ川(ラプラタ河の上流での別名)が見える

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